●妊娠中のレントゲン検査
1) 1999年9月30日茨城県東海村で核燃料の加工工場で事故があり、近隣住
民数十万人が屋内避難をする騒ぎとなりました。放射線は目には見えないものであり
ながら、その障害は生命にかかわるものであり、近隣住民の不安は深刻なものでしょ
う。
当院でもレントゲン撮影の際に放射線被曝についての不安を訴える患者さんがいま
す。放射線障害は被曝した線量によって程度が異なります。1000ミリシーベルトの放
射線を1回に浴びると、吐き気や全身の倦怠感を起こし、3000ミリシーベルトで脱
毛、7000ミリシーベルト以上では死亡する恐れがあります。250ミリシーベルト以下
では症状は出ないとされます。ビキニ水爆実験で被曝した第5福竜丸の乗組員のう
ち、死亡した方は4000ミリシーベルトの被曝線量であったと推定されています。今回
の事故では重症者は8000ミリシーベルトの被曝と推定されていますので、前代未聞の
被曝線量といえます。一般にレントゲン写真撮影による放射線被曝は原子力関連施設
の事故による放射線量とはけた違いに被曝線量が少ないので通常の検査で問題が生じ
ることはありません。
具体的にいくつかの患者さんの不安を取り上げてみましょう。
まず、一番多い相談は妊娠中のレントゲン検査で胎児に奇形が生じるのでは?とい
うものです。
胎児が放射線に被曝した場合、奇形が発生する可能性が高くなるのは、被曝の時期
が受精後2〜8週(最終月経から数えると4〜10週)の間であり、かつ被曝線量が
100ミリシーベルト以上である場合です。妊娠4〜10週というと母親も妊娠を知
らずにレントゲン検査を受けてしまったりすることがありますが、整形外科で行なう
レントゲン検査の場合、胎児への影響が大きい腰椎の検査でも被曝線量は5ミリシー
ベルト程度です。つまり腰椎のレントゲン撮影は、20回受けなければ大丈夫という
ことです。ほかに胎児への影響としては精神発達遅滞が知られていますが、これも影
響が発生するのは100ミリシーベルト以上です。しかも、感受性の高い時期は受精
後8〜25週であり、この時期は母親自身も妊娠に気づいており、レントゲン検査を
意識的に避けることができます。
しかし、時には腰椎検査のすぐあとで注腸撮影の必要があるといった事態にならな
いとも限りません。当院では妊娠の可能性のある女性に下腹部が視野に入るレントゲ
ン検査をする場合は、月経の開始日から10日以内に撮影するようお勧めしておりま
す。
2) 茨城県東海村の核燃料加工会社JCO東海事業所の臨界事故で、放射線を大量
被曝した同事業所製造部社員の大内久さんが昨年12月21死亡しました。当初の報
道では大内さんの被曝線量は8000ミリシーベルトということでしたが、その後1
万8000ミリシーベルトと訂正されました。いずれにしても前代未聞の大事故で
あったことには違いありません。
前号で説明をお約束しておきながら、ずいぶん間が開いてしまいまして申し訳あり
ません。今回は放射線被曝による白血病についてお話しします。広島、長崎の原爆被
爆者に白血病が多発したことは広く知られており、放射線というと白血病を連想して
怖がる人が多いです。しかし、広島、長崎での原爆被爆者を対象にした調査でも、2
00ミリシーベルト以下の被曝集団には、白血病の発生率の増加は認められていませ
ん。通常のレントゲン検査での被曝線量は数ミリシーベルト以下ですから、白血病の
心配をする必要はまったくないといっていいでしょう。白血病は癌のうちではまれな
ものですが、ほかの癌についても、200ミリシーベルト以下の被曝線量であれば、
自然の発生率よりも上回らないことがわかっています。
次に遺伝的影響ですが、さまざまな疫学調査が行なわれていますが、放射線被曝に
よって遺伝的影響が発生することは確認されていません。遺伝病は放射線被曝がなく
とも自然に発生しているものですが、放射線被曝により自然に発生している遺伝病の
発生率が2倍になる線量は1000ミリシーベルトであり、通常のレントゲン検査で
は遺伝的影響の発生はほとんど問題になりません。また、癌の治療などで生殖腺に比
較的大量の放射線被曝を受けたとしても、子供を産む可能性のない年齢の人なら遺伝
的影響の心配をする必要はまったくありません。
遺伝的影響や癌については放射線による遺伝子の損傷が関係していると考えられま
す。各個人としてはレントゲン検査程度の放射線量では問題にならないとしても、国
民全体としては被曝線量を抑えるに越したことはありません。当院でもできるだけ必
要最小限の検査で済ますよう配慮しております。
レントゲンは、慎重に扱う必要があるのはもちろんですが、検査で得られる情報も
非常に重要で診療に不可欠なものです。レントゲン検査が患者さんにとって多くのメ
リットがあるからこそ行なわれるのだということをご理解いただきたいと思います。
(2000年6月16日)
|