院長の詳歴

 院長 小島龍也 医師医博は 
1979年 東京大学医学部医学科卒。同年5月医師国家試験合格、 東京大学医学部整形外科学教室に入局。
1979年7月から12月:東京大学付属病院分院において麻酔科研修。
1980年1月から6月:東京大学付属病院整形外科において整形外科研修。
1980年7月から1981年12月:湯河原厚生年金病院整形外科において、 整形外科一般、外傷、脊椎、スポーツ、関節などの外科、なかでも脊椎外科、外傷外科 について、豊富な経験を積んだ。日本体育大学、夏季研修のドクター。
1982年1月から1983年6月:三井記念病院整形外科において、さらに 整形外科一般について経験を積んだ。三井式頚椎後方固定器具の開発時期にあたり、 主にリウマチの頚椎脱臼の整復固定手術について経験を積んだ。
1983年7月から1984年6月:関東労災病院スポーツ整形外科において、 膝関節外科、ことに前十字靭帯損傷の修復、再建、膝関節鏡手術について豊富な 経験を積んだ。実業団サッカーチーム(Jリーグの前身)のチームドクター、 日本体育大学の夏期研修のドクターなどを経験し、スポーツ現場でのスポーツ ドクターの経験を積んだ。医師自身のスポーツの実践として、 河口湖マラソン(フル)、川崎市元旦30kmレース、勝田マラソン(フル)に おいて完走した。
1984年7月から1985年6月: 虎の門病院整形外科において、 一般整形外科、ことに脊椎脊髄外科、関節外科、末梢神経外科について経験を積んだ。
1985年7月から1986年6月:都立北療育医療センター整形外科において、 脳性麻痺児の発達診断、整形外科的治療について経験を積んだ。 また成人の脳血管障害後遺症の整形外科的治療について経験を積んだ。 この時期に、脊柱変形の手術的矯正のコンピュータシミュレーション に取り組み始めた。
1986年7月から1987年6月:東京大学医学部整形外科文部教官助手。 後進の指導と大型計算機を使った脊柱変形の計算力学的解析に着手。 実業団アメリカンフットボール近鉄バッファローズのチームドクター。
1987年7月から1989年3月:東京大学医学部整形外科医員。脊柱変形 を、固定することなく矯正する手術法の開発のための基礎的研究。脊柱変形の 幾何学的解析。Texas州DallasのTexas Scottish Rite Hospital、Texas州立大学、 Dallas Medical Center整形外科に出張。 後日TSRH Instrumentationとして発表された固定器具のPrototypeの開発を視察。 1988年6月パリ、GICD学会において口演。パリ大学医学部において 死体を使ったCD Instrumentationの研修。1988年10月ロンドン、Zorab Scoliosis Meetingにおいて、Mehta准教授の Side Shift Exercise の共同演者。 Royal National Orthopaedic Hospital に短期留学し Side Shift Exercise  の共同研究。
1989年4月から1992年3月:東京大学医学部大学院博士課程にて、脊柱 変形の幾何学的、計算力学的研究とともに、脊柱変形のあたらしい手術法の開発 に従事。1989年9月アムステルダムSRS,ESDS学会において、 Mehta准教授の共同演者。1990年6月モントリオールSIROT学会 において、脊柱変形の幾何学的研究結果を口演。 1990年12月、中国新橿ウイグル自治区ウルムチに出張。 高度後湾の脊柱全周性骨きり手術を伝授された。 1991年5月、ソウルで開催されたWPOAの新進の整形外科教官のための 研修コースに、日本代表として選出され参加。 1991年9月モントリオールにて、東京大学であたらしく開発した脊柱変形の 手術方法とその幾何学的、力学的根拠について口演。
1992年3月、医学博士(東京大学医学部大学院博士課程修了)。
1992年4月、東京大学医学部整形外科文部教官助手。
1992年9月、小島クリニック開設支援のため東京大学退職。
1993年4月から東京大学医学部大学院講師。
1996年4月から帝京大学医学部講師を兼任。
1997年8月帝京大学医学部講師を退職。
1997年9月たつや整形外科を開業。

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